FC2ブログ

常世の風に吹かれて呟いて…

常世の国に迷い込んだヒロ爺が、日々の風に吹かれて呟きを舞う

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
| top |

流海(うみ)にむかって遥かなる夢の舞え

今日は6月公演の出演者が全員集まり初めての合わせ稽古を行った。これまで朗読と舞いの稽古は行ってきたのであったが、音楽と効果の全員が集まっての稽古は最初である。とは言ってもこの後の全員での稽古は、6月1日ギター文化館で行う通し稽古が一回あるのみである。一つのテーマに沿って、各パートがそれぞれに稽古を積み上げて、本番に真剣勝負にぶつかり合って魂のコラボレーションを行う。舞と朗読は常に一体となって稽古を積み上げていくのであるが、それぞれの表現は決して固定化、定型化しない。だから本番は出演者全員が今日はどう勝負するのか互いの心の空気の流れを探り合う事になる。
脚本家や演出家などはそうなるともう蚊帳の外である。心の空気の探り合いは、何とか周りを自分の領域に引き込もうと火花を散らすことになる。見えない火花の散らし合いは開幕ベルが鳴るまで続けられる。開幕ベルが鳴った途端、全員から火花が消えてなくなる。開幕ベルが、火花の散らし合いが無意味であることを悟らせるからである。
全員が自分の領域を自分になって無心に自分の表現をする。どんなに違和感を感じても決して自分に妥協をしない。てんでバラバラに自分の楽器の音調整をする交響曲の演奏前と同じ状態である。しかし、誰かの始まりの風が流れ出すとその風は一気に風速を増して一つの渦をつくり天に昇ろうとする。その時、舞台のそでで成り行きを頭を抱えて見つめている演出家は自分の無力さをいやというほど知らされる。もう勝手にやれと腹をくくり、開き直ると客席からは演出家の思いもよらなかった喝采の嵐が起こる。
そう…、舞台とはそんなところなのだ。
今日はそんなことの想像させられる稽古であった。
因みに小生は、もう脚本家も演出家も捨てて、物語を語る俳優に逃げ込んでいるのである。
(ヒロ爺)
スポンサーサイト
トラックバック:0 | コメント:0 | top |
コメント
コメントの投稿














非公開コメント

トラックバック URL
トラックバック
プロフィール

ヒロ爺

Author:ヒロ爺
FC2ブログへようこそ!
ヒロ爺は、映画・演劇の脚本・演出を生業としておりましたが、日本シナリオ作家協会を退会し、何もやらない何もしない暮らしを始め、周囲の顰蹙を買っています。しかし、何もやらない何もしない暮らしは、その才能と精神力がないとできないことを知り、改めて己を天才(天災)かも知れないと思っている所謂呆け老人です。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム

RSSリンクの表示
リンク
QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。