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常世の風に吹かれて呟いて…

常世の国に迷い込んだヒロ爺が、日々の風に吹かれて呟きを舞う

梅雨入りと梅雨晴れが手を繋いでやって来た

例年そうであるが、梅雨入りが宣言されると直ぐに梅雨晴れが始まる。
今年もそのようである。
一日降って二日晴れて、なんてのが理想だが、そうはいかないだろう。
明日はまた雨になるらしい。
一日机に座ったままでいると、糖尿病が認知症を連れて来るだろうと少し前から週に二、三日度ゴルフの打ちっ放しに出かけている。
今日も出かけようかと思っていたが、火曜、水曜と連続して出かけたので、今日は遅れてやって来る筋肉疲労が激しく、断念した。
本当は、筋肉痛でも少し体を動かしてくる方が良いのだけれど、それこそ歳には勝てぬ…である。
しかし、行かなくて正解であった。午後の暑さは真夏並みだ。
冷房を入れるほどでもないが、机でPCに向かっていてもあまり考えが捗らない。
以前からそうであるが、原稿を書き始めると、そこから逃れたいという感覚からなのか、書いている原稿のテーマと外れた本を読みたくなってくる。今日もボーッとする頭で筆が進まなくなった途端、本棚に目が行ってしまい、古典集の「歎異抄」が目に留まってしまった。
読みたいわけではないが、本をめくっていれば原稿を書かなくて済むので、直ぐに手が伸び、開いてしまう。
何度となく目にしている文が飛び込んでくる。
「弥陀の本願には、老少・善悪の人をえらばれず。ただ、信心を要とすと知るべし。そのゆゑは、罪悪深重・煩悩熾盛の衆生をたすけんがための願にまします」
小生、仏教徒ではないが、日本人と言うのはこうしたややこしい文章が好きなようだ。だがこうした文を読むのは、概して仏教徒でない者や熱心ではない仏教徒が多いように思うのは、小生の思い込みなのだろうか。
実際読み物としてみると、頭の痛い部分もあるが面白い読み物と言える。
小生、なまくらなキリスト教徒であるが、日本のキリスト教の中には、このような面白い読み物がない。
理屈っぽく重大事に考える事の好きな日本人の癖に、日本のキリスト教徒にはこうした哲学的、詩的物語文がない。
自分で書こうとも思わない。
禅語録などは読んでいて腹を抱えるようなものもあり、面白い読み物ではある。
日本のキリスト教にそうした本が出ないのは、所謂、耶蘇教だからなのかな。
もっとも耶蘇とは中国語のラテンを示す言葉(Jesus)からきたという。
所謂ラテンの宗教と言うことで、日本人が理屈を創造しないのかもしれない。
ちょっと暑さボケしたかな・・・?
お猫様もお犬様もご機嫌に寝ったり一日であった。
(ヒロ爺)
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ヒロ爺は、映画・演劇の脚本・演出を生業としておりましたが、日本シナリオ作家協会を退会し、何もやらない何もしない暮らしを始め、周囲の顰蹙を買っています。しかし、何もやらない何もしない暮らしは、その才能と精神力がないとできないことを知り、改めて己を天才(天災)かも知れないと思っている所謂呆け老人です。

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