昨夜の暑さはこの夏一番だったのではないだろうか。
体感では間違いなく一番であった。
暑さが大好きで強いお猫様も、昨晩は抱っこを要求に布団にはやって来なかった。
今夜も蒸し暑い。窓の下には虫の声もない。
不作だったフルーツトマトが、二、三日前から急に色づきだして、今日は早速トマトスープ・パスタを褒めた。
トマトスープと言うよりもフルーツジュース・パスタとでも言える甘さだった。
レモンが無かったので酸味を加えられなかったが、少し多めの塩を加えてパスタを茹でたので、十分堪能する事が出来た。パブリカとバジルをミキサーしたものを加えたので、トマトスープは爽やかなジュースとなった。ハムの微塵切りを加えなかったら、全くのフルーツジュースであった。
今日はトマトで暑気払いをしたので、明日は茄子で暑気払いをするとしよう。
普段はエアコンを嫌がるお猫様であるが、昨晩からエアコンの下で、お犬様と仲良く寝てござる。
お猫様もお犬様も今日は何の要求も言ってこない。
今夜は小生も少し早めに寝るとしよう。
(ヒロ爺)
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夜になっても一向に気温が下がらない。
窓の外の虫達も今夜はチュンともチッとも声が無い。
エアコンもあまり効いてこない感じである。しかし、湿度は50%を割っているのだから、十分機能しているのだ。だが暑い。この陽気に一人ご機嫌に眠りこけているのはお猫様。暑いので、快適なのだ。
猫は一年に三日だけ暑がる、という様なことを言うが、我がお猫様今年は大好きな猛暑だった所為か一度も暑さでグロッキーになったことはない。昨年の夏だったろうか、お猫様熱中症で点滴を受けたことがあったのに、今年はそんな兆候は全くなかった。早々の猛暑だったので英気万全だったのだろうか。不思議なお猫様だ。
台風の影響で明日は暑さが少し和らぐのだろうか。
是非、秋の風が吹いてもらいたいものだ。
(ヒロ爺)
今日は、10月公演の稽古に東京に出かけてきた。
パントマイムのヨネヤマママコさんとの最初の稽古である。
朗読でマイムをダンスするのであるが、初めての合わせ稽古であったにかかわらず非常に面白い表現となり、この先が楽しみである。
台本としての詩を、ダンスマイムに解釈をし、それを道化としての風刺の舞に仕立て上げて、そのダンスマイムにのって詩を吟遊するのである。実に楽しみな舞台である。
稽古の時間は短いものではあるが、稽古とはいえ、お互いの真剣勝負なのだから三日分の稽古の疲労に近いものがある。
久しぶりの東京であるが、あの人ごみはもう嫌だなと切実に感じた。
東京砂漠とは良くぞ言ったものだ。
10時前に帰って来たのであるが、お猫様もお犬様も出迎えてくれない。大層なご立腹なのかしらん。
明日もまた稽古で半日留守にするが、一層の不機嫌を喰らうのだろうか。
(ヒロ爺)
今週は、何かとやることがあって今日しか時間が作れそうもないので、お犬様にシャンプーをしてやった。
シャンプーは風呂場でするので、何とか暑さは凌げるがドライヤーが大変である。
炎天下にテーブルをだしその上でドライヤーをするのだが、早く乾かすためには冷風だけでは時間がかかるので、温風にしたり冷風にしたりするのだが、それでも相当に暑い。
お犬様も暑さにグロッキーかと思いきや、毛が乾きフワフワしていくのが気持ちよいらしく、暑がるどころか直ぐに寝ころぼうとする。寝ころばしたままドライヤーをかけていると、直ぐにコックリを始めるのである。
乾燥してフワフワの毛になると、リンスの香が風に吹かれて届き、およそ美人の体系とは言えないお犬様であるが、どこぞのお姫ィ~様に思えてくるから不思議である。
明日は東京に出かけるので一日、お猫様と二人でお留守番であるが、シャンプーでさっぱりしたから一日二人で留守寝をしていることだろう。
(ヒロ爺)
昨夜の雨も上がり、今日はすっかり秋の陽気。
晴れわたった秋の空を見ると、河東碧梧桐の句が思い出される。
首を上げてぐるっと天を見渡して「秋です」と口にしてみたくなる。
碧悟桐の句に接して本格的に俳句を読み出し、そして山頭火に出会うことになったのであった。
つらつら思い起こすと、我が青春時代…高校時代と言った方が正確であるが…ある意味随分と生意気な青春であったと思う。高校一年の末にランボーの詩に傾倒し、ジュネを読み漁り、碧悟桐から山頭火へと移り、高校を卒業すると、大学なんて糞喰らえで芝居にのめり込み、すね者を気取り何人かの女性との同棲を繰り返す不毛な時代であった。懐かしいと言えば懐かしい。満足できる青春とは言えないが、後悔する青春ではなかったと思う。
突然に秋の風が吹いたものだから、ちょっと戸惑いながら青春を思い出してしまった。
昨日よりも一段と虫の声が大きくなって来た。
お猫様も、お犬様も快眠爆睡状態である。
(ヒロ爺)
昨日まで、庭に虫達がちょっと遠慮気味に秋が来ますよ、秋が来ましたよ、と鳴いていたのであるが、今夜はもう確りと「秋だ!秋です。恋の宵」と高らかに歌いはじめた。
窓を吹き抜けてくる風も、すっかり秋になっている。
しかし、天気予報を見ていたら、今週末にはまた猛暑が戻ってくるのだと言っていた。
今日は朝からスカッとした秋空だったので、庭に布団を干したのであるが、午後に取り込むと直ぐにお犬様がやって来て、フカフカの一番乗り。お猫様が少し遅れてやって来て、二人にしっかりと占領されてしまった。太陽の熱をしっかりと溜め込みながらもカラッとサッパリの布団に寝られると思っていたがお猫様、お犬様のドロンとした体温の上に寝ることになってしまった。ご丁寧に、熱をたっぷり含んでいるものだからお犬様は暑くてベロから涎を垂らして下さった。有難く、嬉しいことです。
窓から流れ来る風が本当に秋である。
虫の声もしっかりと秋を歌っている。
(ヒロ爺)
今日は一日秋らしい風が吹き、昼寝をしていると寒さを感じるほどであった。
お猫様もお犬様も、朝のブラッシングが終わるとてんでに好きな場所で昼寝と言うのではなく一日寝をしていた。
夜風も涼しく、とぎれとぎれであるが虫の声が聞こえてくる。
先ほどから、お猫様が窓辺にやって来て虫の声に耳をそばだてている。
風嫌いのお猫様であるが珍しいことである。
「待つでも待たぬでもない雑草の月あかり」(山頭火)
もしかしたらお猫様、虫の声を耳にしながらこんなことを思っているのではないだろうか。
…まさかね。
お犬様はと言うと、机の下に寝ころんで、小生の足を枕に鼾をかいている。
どうやらお犬様は「花より団子」のようである。
「月見は早々に団子を食べよう」
そんなことを夢見ているのだろうか。
(ヒロ爺)
梅の木に珍しい光景を発見した。
ジージーと切れ切れに啼く蝉の声が気になり、梅の木に近づいてみたら、何と大きな蝉をカマキリが捕らえて蝉の眼の下に喰いついているのであった。カマキリよりも蝉の方がかなり大きいのであったが、飛び立てないらしい。
目を凝らしてカマキリの口元を観察していたら、四本の足を確りと梅の木に捕まり、強じんな鎌を頭に喰いこませて、ムシャムシャと目の下を喰い千切っているのであった。
カマキリの三角の頭が酷く獰猛に見えた。
蝉も必死に羽をバタつかせ、ジッ、ジーと啼いているのであるが、完全にカマキリの勝ちである。
鳴いている蝉を見ながらふと思った。鳴いている蝉だから雄なのであるが、この雄の蝉は自分の子孫を残す事が出来たのだろうかと…。
残酷な光景に思えるが、どうしてどうして小さな自然の美しい光景であった。
カマキリの口元から満足の涎が垂れていたら…と思うのは私の残酷な精神なのだろうか。
今、窓の外には、虫達がまだ小さくではあるが、秋が来たよと囁いている。
(ヒロ爺)
夜半の虫の声は涼しさの手を引いてやって来るものらしい。
昨夜あたりから少し涼しい夜風が吹くようになって来たと思っていたら、今夜は虫の声を連れてやって来た。
先日、雑草を毟れなかった裏庭に小さな虫の声が聞こえてきた。
今日は暑さが柔らんでくる頃、処暑である。その日に虫の声が聞けるなんて暦も大したものだ。異常気象で夏の能く気がすっかりと変わってしまったが、暑さが少し緩んだだけで大地の虫達は敏感に反応して声をする。
我が家のお猫様、お犬様も今日は凌ぎやすいのか一日寝ていた。
少々の物音が聞こえても目を覚まそうとしない。
部屋の温度も30℃にならなかったから、大層寝心地が良かったのであろう。
これからどんどん秋が進んでいくことを願うが、果たしてどうなるのやら。
(ヒロ爺)
昨日の雨の所為で、午前中は秋がやって来たと思わせるような気配だったが、午後にはすっかり猛暑が戻って来た。今日は稽古日だったので、稽古場に行くが猛烈な暑さで朗読の声も張りが無い。
手話舞の小林の表現は随分と大きくなって来たが、まだまだ小さい。
公演まで丁度あと二か月。何処かで発展しようとする気持ちを縫い止めている糸を切ってやらなければいけないのであるが、まだそのタイミングが見えてこない。
今日も午後からは猛暑となったが、それでも先週の様な真夏以外何も感じ取れない熱暑ではなく、秋の気配が時々吹いてくる。雑草を引き抜いたので何処かに逃げ出していた虫達も今日は帰って来ており、カマキリも随分と大きくなっていた。これで二、三日秋を載せた風が吹けば虫達は一斉に恋の季節を迎えることになる。
秋雨前線が下りて来そうなことを天気予報で言っていたが果たしているになるのか。
関東の水ガメはそろそろ干上がって来た。ゲリラ豪雨は来るのに水源地に雨が無ければ、単なる天災になってしまう。夕方少し雷の声が聞こえていたが、遠くでの声が聞こえただけで雨はない。
お犬様が遠くの雷鳴に慌てて机の下に潜り込んできたが、今は風の流れる机の脇にドベッと伸びて寝てござる。たぶん今夜はもう雷雨はないのだろう。
(ヒロ爺)
昨夜の雨の所為もあり、今日は「やっと秋がやって来たか」と思えるほど気温が下がってくれた。
とはいえ家の中の温度は30℃近くある。
だが連日35℃に近い温度であれば、30℃を切るのは涼しく感じられる。
今日は一日エアコンなしでも過ごす事が出来た。お犬様も息を速めることもなかった。
虫刺されの左腕は今日もまだ痛痒く、保冷材で冷やしていないと我慢が出来ない。
吹き抜ける風が涼しく、久しぶりにお猫様・お犬様の三人で川の字になって昼寝。
二時間も寝てしまう。これって昼寝とは言わないな。
一日寝ているくせに、お猫様もお犬様もまた寝ている。
太平な我が家である。
虫刺されの左腕が、火を使うと痒さが増すので、誤魔化しの夕食しか作れないのが癪に障る。
残りの年月を数えるようになってくると手抜きの食事になるのが一番悔やむ。一日を無駄に過ごしたような気分に襲われる。喰う寝ることに住むところと言うが、喰う事と寝ることは誰にも邪魔されたくないものである。
(ヒロ爺)
夕立という語感・音感は実に心地よい響きだと思うのだが、今日の夕立はその心地よさ満点のものであった。
雷が鳴りだし、しばらくしてポツリポツリと降り始め、程よいお湿りを置いて行ってくれた。
本当ならもう少し多めの雨が欲しいのだが、夏の夕立と考えればちょうどいいお湿りなのだろう。
雨が降りだすと、風がいっぺんに涼風と変わる。
こんな毎日ならば、夏は良いなと思うのだが、連日の旱の猛暑は夏を不愉快なものにしてくれる。
猛暑の中の草むしりで左手首を虫に刺されて腫れ上がり、強烈な痒さな襲われたのであるが、今日も腫れが少し引いた程度で痒みは強烈である。
猛烈な痒さを必死に堪える己の姿を客観視するとそれはそれは滑稽である。
刺された腕に気持ちを移すともう我慢の限界に達してくる。
何とか他に気持ちを逸らそうとするのであるが、一端痒さを思ってしまうと、血が出るほどに掻きまくってやりたくなり、それを抑えるのが拷問のようである。保冷剤をまいて冷やしている間は痒みは収まっているのだが、保冷材の効き目が薄くなるにつれて痒みが猛然と襲い掛かってくる。
庭に高く山積みしてある枯草からは良い香りが漂ってくるのであるが、今日はその香が憎らしくてたまらない。
明日は何とか痒みが収まってほしいものだ。
お猫様も、お犬様も小生の気持ちが不安定なのが分かっているらしく、余り近づいてこない。
癇癪を起して蹴飛ばされるとでも思っているのだろうか。
さわらぬ神に祟りなし、を敏感に察知するのはやはり人間よりも鋭い。
(ヒロ爺)
昨日の雑草抜きで、虫刺されにあったようで昨夜遅くから急に腫れ上がって来た。
痒くて痒くて、我慢するのが大変である。
何の虫に刺されたのであろうか。
暑さに耐えながら長袖にゴム手袋の重装備で雑草達と戦ったのであるが、主たちにはどうやらそれが気に入らなかったようだ。隙間を見つけて袖の中に入り込んで、思い切り喰いついたか刺したかしたらしい。
その時は、しつこいかにでも射されたかと思っていたが、そうではなかった。
毛虫なのか、それとも他の虫なのか兎に角猛烈に痒く、パンパンに腫れ上がってしまった。
今は、保冷剤を巻いて冷やしているので、痒みも腫れも引いてきた。
昨日、お猫様がハンモックの上から「こんな暑い中頑張らなくても」と眺めていたが、その通りだった。
一番暑い時間に庭を見回ったが、乾草のいい香りが漂っていた。この夏の香を聞かせてくれたのだから、虫どもの怒りを買ったのも良しとして我慢するか。
先ほどからお猫様が保冷剤で冷やしている腕が気になるのか膝の上に登ったり下りたりとせわしないことである。お犬様は、ご主人様に気遣う気もないらしく足元に鼾をかいてござる。
乾草の香を愉しんでいたら、白い百合の花が咲いていることに気付いた。
毎年、一番暑い時期に咲くユリなので名前を調べてみるのだが我が植物図鑑には出ていない。
百合のような花だけれど、ユリ科の花ではないのだろうか。
だが、確かに百合の花だと思うのだが…。
開き始めた花の長さを測ったら27㎝もある大きな花である。
植物図鑑を見ながらいつも思うのであるが、何科何科の分類に首をかしげてしまう。しかし、遺伝子などから見るとそんな分類になるのだから自然の世界は不思議なものである。
(ヒロ爺)
風が少し涼んで来たら草むしりをしようと思っていたのだが、今日も猛暑が緩むこともなかった。
前から庭の雑草達の猛威を喰い止めようと思っていたのであったが、余りの暑さで尻込みしていた。
今日は、もう涼風は待てぬと長袖に厚手のタオルで頬被り。
腰に蚊遣をぶら下げ、ゴム手袋と重装備で雑草との戦いに挑んだ。
少し散水をしてからの草むしりの方が退治が楽なのであるが、勇猛にもいきなりワシ掴みに引っこ抜き始めた。
乾いた地面にしっかりと根を張った雑草達の頑固は大変なものであった。
草取り用の小鎌で根っこの土をほじくり返して抜いていくのであるが、敵も必死に地面に張り付いている。
大型の水筒に入れた麦茶をがぶ飲みしながら、全身大雨に打たれたかのように汗でずぶぬれになって三分の二程の雑草退治をやった。
お犬様に「おい、手伝え」と言ったが「外は暑いから嫌だという」
お猫様はハンモックに中から「もっと涼しい時間にやればいいものを」と冷ややかに見降ろしている。
二時間半ほどの格闘であったが、最初に引っこ抜いた草達が乾燥しだしていて、干し草の香が強く立ち上っていた。小山に草を積み上げたが、その生乾きの香の実に優しいことか。思わずその上に寝転がってみた。
乾燥し始めた青臭さが暑さを一瞬忘れさせてくれた。
だがこれが限界。
家に駆け込み、びしょ濡れの衣服を脱ぎ捨て水風呂に飛び込む。
鼻腔に乾草の残り香が感じられ、何故だか60年ほど前の少年の腕白が思い出された。
(ヒロ爺)
本日でこの呟きが丸三年となる。
千回と三年を一つの目標に毎日呟いてきたが、本日で当初の目標達成である。
三年も続けてくると、詰まらぬ呟きではあるが今では日常の生活の一コマになっている。
「常世の風に吹かれて呟いて…」と題してはいるが、年々爺のボヤキが中心となって来てしまった。
それも最近は専らお猫様、お犬様を絡めての呟きぼやきである。
しかし、こんな呟きでも爺の日常生活の一つに組み入れておかないと、考えを巡らせる習慣が少しづつ消えていき終いには惚けが来てしまうことが、容易に予測できる。
毎日ではなくても、時々は覗いてくれる人がいるというのは、呟くにも少しは考えを巡らせることが必要で、それが細やかではあるが良いストレスを与えてくれ、ボケの防止になるというものである。
弟子(?)に強制されてFacebookに参加させられたが、小生にはこの呟きの方が性に合っている。
良い思い付きがあれば、明日からの呟きに少しの変化を与えたいなとは思っているが、どうなることか。
今夜も足元にお犬様が、机の奥の隙間にお猫様が鼾をかいてござる。
当分は、お猫・お犬様との他愛もない日常事を呟くことになるのだろう。
連日の猛暑に些か腹を立て、今夜は熱々のポトフを作って暑気払いと洒落込んだ。
トマトスープに近いポトフで、なかなかの味であったが、日中、台所の気温37度の中でのポトフ作りは地獄の責めであった。
昨日は、軽い熱中症で妻が点滴を受けたばかりなので、水風呂への出たり入ったりでかえって疲れてしまった。
小生が大汗かいて台所に居る間、お犬様はエアコンの効いた部屋で爆睡していた。
お猫様は、小生台所で倒れていないかと、ちょくちょく見回り。
矢張り、亀の甲より年の功だよ。ねッ、耳ちゃん。
(ヒロ爺)
昨日は馬鹿な戦争を仕掛け、その仕掛けた戦争に負けて白旗を上げた敗戦記念日であった。
そして今日は、お盆に訪れた先祖を送る送り火を焚く日。
京都の五山の送り火、大文字焼きの日である。
京都五山の送り火が夜空に映すとき、南の空のさそり座の一つが、送り火の炎を映したというわけではないが赤い瞬きを見せる。この星のことを酒酔星、等と呼ぶそうである。またこの星は旱星とも言われ、この星がきれいに瞬く年は豊作だという。だからこの時期は旱になるほど十分な太陽を浴びて、稲穂は日々成長するのだそうだ。
今日は、普段平穏な我が家に、ちょっとしたさざ波が立った。
早朝4時過ぎに、お犬様が散歩だよ、と起しに来たのであるが、妻が頭痛が激しいので散歩を代わってくれという。散歩から帰ってくると、頭痛は激しくなるばかりだという。
それで病院の開くのを待って出かけ診察・検査を受けたら、熱中症だという。軽いものだったので点滴を打ち、家に帰って来たのだが、お猫様もお犬様も奥様の突然のお休みに仰天。すっかり日常のペースが狂い、半日大騒ぎされてしまった。午後には、落ち着き、冷房を聞かした部屋に川の字になって爆睡状態。冷房の効いた部屋は嫌がるお猫様であるが、珍しく抱かれて寝てござった。
昨夜も熱帯夜で、エアコンをタイマーにしておいたのであったが、切れた途端に熱中症に襲われたらしい。
小生野生児のごとく気候の変動には強く丈夫であるが、自惚れていると大変なことになるので、転ばぬ先の杖を持っておかなければ…。
(ヒロ爺)
今日は終戦記念日とされている。しかし、何故終戦なのだろうか。些か疑問が残る。
戦争とは勝ち負けを決めるための武力争いなのだから、その終わりは勝ちか負けのどちらかである。
太平洋戦争は、明らかなる日本の負けなのだから今日は敗戦記念日と言う事の方が正確だろうと思う。
国策に翻弄された国民にとっては戦争が勝とうが負けようが、とにかく終わった日と言う感覚は当然強くある。
太平洋戦争を終結させる機会は何度かあったが、それらを受け入れなかったのだから、戦に負けて終了したのだから終戦ではなくて矢張り敗戦というべきなのだろうと思う。
日本が二度と愚かな殺戮をしないとするならば、現実をしっかりととらえて「敗戦記念日」とすべきであろうと思う。日本を取り巻く世界の様子を見ていると、実に危なく愚かな状態になりつつある。なりつつではなく成っていると言った方が良いのかもしれない。
人間とは殺戮の動物と言われてきたが、正しく我欲をむき出しにした殺戮合戦である。
人間の行う戦争は自然界の動物たちには存在しない感覚である。動物たちには我欲による殺戮は決してないと言える。神は如何なる考えをもって人類をお造りになられたのだろうか。自然界の動植物にとって人間ほど無駄で邪悪な生物はいないと思っているのではないだろうか。
今日は、暑さをものともしないでお犬様にシャンプーをしてあげた。
エアコンに涼み、満足そうな顔をして爆睡している。
お猫様が、リンスの臭いを嗅ぎに来ても、気にせずひたすら快眠を貪っている。
(ヒロ爺)
暑いと書くのがもう嫌になるほど毎日毎日記録づくめの猛暑・酷暑の夏。
日本の一年の暮らしは、暦の中に確りと伝えられて、それを守るように過ごしてきたのであるが、そうした暦に書かれた暮らしは叶わぬようになって来た。
四季、二十四節気、七十二候に日々の暮らしぶりが伝えられてきたのであるが、連日40℃を超す暑さの続く気候になってしまったのでは、もうそれらの暦は役立たずの無用の長物と化してしまったと言っても過言ではないだろう。
暦でいうと今は立秋で涼風至るの候なのであるが、涼風なんて何処の世界の話しなんだと言いたくなる。
この暑さの所為で、今が旬の筈のシジミが不良なのだとか。暑さに疲弊した肝臓に滋養を与えようと思えでも叶わないのだそうだ。
この暑さの中、紫露草だけが元気に花を咲かせている。例年だと、オクラの花が早朝の露を光らせて涼をくれていたのだが、今年は実は良くなるのであるが、花の咲が悪い。朝新聞を取りに庭に出て、黄色のオクラの花に光る露をみて一日の元気をもらったのだが、今年の夏はいっぺんに年寄った気分にさせられている。
冷房が無いと居られないお犬様と一緒になって一日寝て過ごしている。
時々、暑い納戸からお猫様がやって来て「何だまだ寝てるのか」と顎鬚を舐めていく。
明日もまだ続くのだというこの猛暑。
(ヒロ爺)
33~34℃なんて夏の暑さではないね。
そんな言葉が出てきそうなほど、34℃では暑さを大きく感じない。
昨日より一℃ぐらいしか変わりがないのに、涼しいなんて感じてしまっているが、老人にとってはこの感覚が恐ろしいのだろう。今日は少し涼しいなんてことを言ってエアコンも扇風機も点けないで寝転がっていると、間違いなく熱中症になってしまうのだろう。
我が家は、お犬様が30℃を超すあたりから、ダメだ、ダメだ、もうダメ!と言わんばかりの荒い息を吐く。
汗腺が足の裏にだけしかないお犬族には、30℃が暑さの限界点のようだ。と言っても、エアコンを知ってしまったのでだが…。
14時頃まで、エアコンをつけず風を入れ、扇風機で過ごしていたのであるが、室内の温度を見ると33℃になっていた。お犬様がダメだ!と大騒ぎするのも無理はない。
それにしてもお猫様は、風の通らぬ我が家で一番の暑さの場所に悠然と寝てござる。
よくお邪魔するブログに、我が家はお猫様の所為で夏でも炬燵を片付けられない、と書かれていたが、全くその通りである。我が家も流石に炬燵は片づけたが、押し入れのお気に入りの場所には、座布団の上にフリースのひざ掛けが敷いてある。お猫様は、そこが大好きなのである。内臓がよく腐敗しないものだと感心させられる。
ただ今は、机の下の狭い隙間に冬用のスリッパを毛布代わりに置いて寝ている。
空気が暑く澱んでいるところが大好きなようだ。
爺は、それを見ているだけで熱中症になってしまいそうである。
(ヒロ爺)
先週、友人のブログが満三歳を迎えた。
大震災にも負けず一日の休みもなく丸三年間、呟き続けたことは万歳である。
友人のブログは、小生とは違い確りとしたテーマを基にしての呟きであるので、まさに万歳である。
小生のブログも、最初は、小生の主催する劇団「ことば座」の広報的な位置づけとして始めようとしたのであるが、開始早々から意味のない呟きになってしまった。
最近では、お猫様とお犬様との暮らしの一コマになってしまっている。
今日も朝から…昨日からズッ~と続いている酷暑である。
夜の寝汗もさぞかしだろうと朝から布団を陽に干した。
二時半ごろに取り込んだのであったが、乾していた布団が電子レンジにかけたようであった。
その熱々の布団にすかさずお猫様がやって来て気持ちよさ気に寝てござった。
今は、お猫様からお犬様に交代して鼾をかいて寝てござる。
今夜は布団を敷いて寝るのを止めようかしらん。
天日の熱ではなく、お猫様とお犬様の体温による熱さである。
今夜も熱帯夜だというのに、お犬様の寝ている布団に寝るのかと思うとゾッとする。
薄味で煮つけた茄子を冷蔵庫に冷やして夕食の菜にしたが冷たさが夏を喜ぶ味を楽しませてくれた。
(ヒロ爺)
今日も朝から猛暑。というよりも昨晩から、いや三日前からずーっと猛暑。
28℃の温度に設定してエアコンを運転しているのであるが、室温は30℃。それでも湿度が低いので十分過ぎる涼しさを感じる事が出来る。
台所の温度計は37℃を指している。
これは10時前のことなので、2時、3時には温度計を見るのもはばかられる気温だったのだろう。
夕方突然の雷と雨が落ちてきたが、辺りを涼しく冷やすほどには降らなかった。
今週も大変な暑さなのだろう。
爺もお犬様に倣って、何もせずジッと寝ていることにしよう。
午後にたっぷりと昼寝をしていると、一日の実に短く、忙しいことか。何だか現役時代の忙しさが戻ってきたような錯覚を起こしてしまう。
こんな忙しい毎日を当分続けるのだろう。
(ヒロ爺)
今夏最高の暑さではなかっただろうか。
さしものお猫様も本日は「エアコン良いね」という。
お犬様は、もっと冷やせばと吐く息荒げて見せる。
我が家の台所は確りと西日が射し込む。古民家に近い建物だから台所は後から建て増ししたものらしい。
そのため西向きに大きな窓があり、しかも安普請の継ぎ足しだから、半端じゃない暑さである。
エアコンは28℃の設定であるが、それでも台所に行くと強烈な暑さである。
この台所では、冷蔵庫の冷却ガスはフル回転だろう。恐らく電気代の大半がこの台所の冷蔵庫なのだろうと思う。
これで三日連続の猛暑日である。明日もまだまだ暑いという。
夕方庭に出ると雑草達が元気に背伸びしていた。
藪蚊の襲撃を考えると、一番暑い時間帯に草むしりしないと、大切な血を吸い取られて倒れてしまう。
しかし、熱中症で倒れる危険の方が大きいだろう。
仕方ない、雑草達にしばしの活動時間を提供するとしよう。
(ヒロ爺)
この夏一番の暑さではなかったろうか。
今日は、運転免許の更新に出かけてきた。混むかなと思ったが、暑さの所為か更新者が少なかった。
講習を受けたのが4人だけ。
9時に出かけて10時には家に帰る事が出来た。
自転車で出かけたのであるが、もの凄い暑さだった。
僅か5分ほどの距離なのに、全身汗ビッショリ。
警察署内はそれ程冷房が効いていなかったが、講習センターはギンギンに冷えていて、びしょ濡れの下着が冷えてきて震えが来るほどであった。
免許証を受け取り外に出た時にはホッとしたが、それも一瞬のこと。
緩やかな坂道を1分も行くともう汗ビッショリである。
こんな状態を続けたら完璧に体を悪くするだろう。
エアコンをつけたまま出かけたので家の中は程よい気温と湿度になっていて、お犬様は爆睡していた。
お猫様は陽の照りつける縁廊下のハンモックに幸せ顔で丸まっている。
耳ちゃん暑くないかと声をかけると、普段は返事をしないのに今日はミューと大声で返事をくれた。
最高にご機嫌の時に出す声で。
(ヒロ爺)
この暑さだと日中の稽古と言うのは控えた方がよさそうである。
窓を全て開け放ち、風を通しても少し動けば大量の汗が出る。それでスポーツドリンクをがぶ飲みするとそれでまた何倍もの汗が出る。
確りと声を張ると張った分だけ汗が一緒に落ちてくる。
声を落として朗読をすると、感情が上滑りに流れて、声が聞こえるわけではないのに小林の手話舞も小さくなってしまう。だからと言って稽古を夏休みにするわけにはいかない。辛い所である。
家を出る時、今日は流石にエアコンをつけたままにしてやる。
二時間ほど留守にするので、一時間半程度の切りタイマーにして出るのである。
帰るのが少し遅れたが、家の中は外よりもだいぶ涼しい。
窓と言う窓を開け放ち、空気の入れ替えをするが、風が無く、蒸し暑さが一気に流れ込んできた。
お犬様は、何で余計なことをするんだという顔で、ハアハア息遣いをして見せる。しかし、お猫様は、うんこれぐらいの暖かさが丁度良いのだ、といった顔して甘えてくる。
そう言えば昨夜も暑いな、と目を覚ますとお猫様が腹の前で丸まって寝ていた。
こんやも熱帯夜になりそうだが、お腹にもたれて寝るのはやめてほしいものである。
(ヒロ爺)
今日は一日何をしていたのだろうか。
あれこれやってはいるのだけれど頭に残っているものはないもない。
結構やることが多いのだから、無意識に体を動かし作業はしているのだが…。
暑い一日であったが、お猫様はエアコンの風の届かない納戸の奥や押し入れに中。
余り冷やさぬようにと、ドライにしているとお犬様はワザとの様にハアハア荒い呼吸をする。
考えてみると、お犬様には足の裏にしか汗腺が無いのだから、ドライが涼しく感じることはないのだろう。
単純に温度にだけ反応するのだろう。
毎年のことであるが、お猫様の内臓が暑さで腐りださないのだろうか。家の中で一番空気が澱んで暑い場所を好んで見つけそこに寝ている。時間帯で好きな場所に移動するので、探すのが大変である。
お猫様は呼んでもミューと答えが返ってこない。だから如何に狭い家であってもお猫様を探すのが大変なのである。兎に角場所が一定していないのだから…。
毎日同じなのは、夜だけである。
11時になると布団を敷けと告げに来る。
布団を敷き、小生が寝の態勢に入り、枕もとのスタンドをつけるとやって来て頭をさすれ、お腹をさすれと要求してくる。
此方が本を読んでいると、表紙の固い部分に頭を擦り付け掻いている。
お猫様とのスキンシップの一番多いのがこの時間である。しかも毎日、同じ時間相手をしなけ手放らないのである。もしこの時が無くなると気持ちに大きな穴が開くのだろう。
お猫様ももう16歳。二人して、元気であることに努めなければ…。
(ヒロ爺)
朝から嫌な湿度に空模様。
これはドカッと来るな、と思っていると、雷が鳴りだし、突然の大雨。
お犬様はもうビックリ仰天。
綺麗に整理してある机の下に潜り込み、積んである資料群をひっくり返し、掘り返して隙間に無理やり頭を突っ込む。「愛々ちゃん大丈夫」と声をかけても、ご主人様の声など耳に届かない。こんな時はご主人様とて信用しない。午後から稽古で出かけなければならないのに、このまま雷雨が収まらないと出かけられないと思っていたが、出かける時間になると雨も雷もぴたりとやんだ。
美浦までの途中、あちこちで土砂降りのあった模様であるが、普段の行いの所為か稽古先の公民館に着くまで降られることはなかった。しかし、雨上がりの道路はただただ蒸し暑い。
出かけている間に雷雨がまたやって来ると、机の下はさぞかし大変だろうと覚悟して出かけたのであったが、お犬様をパニックにするほどの雷はならなかったようだ。
10月の舞台にむけての準備が着々と進んできた。実に楽しみなことである。
(ヒロ爺)
この夏初めての蝉の合唱が聞こえた。
蒸し暑い真夏日がやって来た。
庭の雑草が精一杯に背を伸ばしているが、この暑さでは毟る気にもならない。
それにこんな日に庭に出たら藪っ蚊が一斉に寄って来て、ところ構わず刺してくる。
涼しいとは言えないが風が流れるのを良しとして三人でまた昼寝三昧。
三時過ぎ、どうにも暑さに耐えきれずエアコンをつける。
すこしの冷風が吹いた途端お猫様は押し入れに駆け込む。
お犬様は腹を仰向けに「ヒェー、涼しい」と言わんばかり。
明日からはうだる中での稽古が始まるので、今日までは何もせず三人で寝てよう。
(ヒロ爺)
凌ぎやすい一日。
ご主人様、お猫様、お犬様、一日ゴロゴロと昼寝。いや、昼寝というよりは寝日曜日。
何にもしないで一日寝転がっているなんて何年ぶりといえるだろうか。
本を読むわけでもなく、唯々ご主人様、お猫様、お犬様が川の字になってひたすら寝ているだけの日曜日だった。
PCを開いたのも朝と昼だけ。
この呟きを思い出さなかったら、風呂に入りそのまままた寝てしまうところである。
お犬様は、足元に眠っている。
お猫様は、今頃になってウロウロしているが、間もなく膝の上に上がってくるだろう。
やらなければならないことがあるのだが、今日は日曜日。
全てのことがお休みだ。
(ヒロ爺)
タップリの湿度を持って真夏の暑さが戻って来た。
久しぶりに布団を外に出して日に干した。
午後からは久しぶりに蝉が鳴き始めた。本当ならばもっとたくさんの蝉の合唱が苛立ちを大きくさせるのだが、今年はやっと蝉が鳴いてくれたかと思ってしまう。
7月の初めに蝉が鳴き始めて驚いたが、その後プッツリと鳴き声が無くなり、どうしたのかと気になっていたのであるが、自然というのはその暑さ、寒さが戻ればきちんとその時の自然が歌いはじめる。
一年中同じ条件の環境の中でしか生活しなくなると人間が人間でなくなるかもしれない。
一定の温室のような環境でしか生きていけないようでは、人間はもう人間ではなくなる。
環境ホルモンなどの言葉が流行したのは1995年頃だったろうか。環境ホルモンが生殖機能を著しく狂わしてしまうと大騒ぎしたが、今は環境ホルモンのことなど言われなくなった。
しかし、環境ホルモンと呼ばれる化学物質が姿を消したわけではなく、むしろ増えているともいえる。
蝉の声を聞いてほっとしたら、忘れていたことを思い出してしまった。
放射性物質の漏れ出し。改定を観察してみると思いがけない環境破壊の産物が見られるかもしれない。
日に干してフカフカになった布団の上にお犬様が真っ先に飛び乗り涎を流して爆睡してしまった。
お猫様は、お犬様に先を越されたものだからご機嫌が斜めである。
(ヒロ爺)
ただ今20時25分。室温24℃。窓を抜けてくる風はもっと涼しいはず。半袖短パンでは寒い。
歳の所為ばかりではないだろう。
アナゴ天丼の大暑だよ。
どうも最近、アナゴの天婦羅にこだわっているようだ。何だか禁煙に苦しんでいるような感じである。
禁煙といえば、超ヘビースモーカーだった小生であるが、禁煙はスーッと止められた。
しかし、食の制限は禁煙のように苛立つものではないが、心が寂しい感じになる。
実際は何を食べても良いのだが、バランスと量である。
アルコールも嗜むというのではなくトコトン飲まなければ気が済まない性分であったが、今は止めた。
奥様曰く、小生の糖尿病はアルコール漬けの所為なのだそうだ。
確かに、膵臓の管が膵炎で融けたのかどうかは分からないが異常に太くなっている。
だがそのアルコールも止めた。
一見、何の楽しみもなくなってしまい生きがいも失ったようであるが、そんなことはない。
ある意味人一倍強欲に生活を楽しんでいると言えよう。
窓から入り込んでくる風が冷たい所為で、お猫様が先ほどから小生の胡坐の中でゴソゴソゴソゴソ落ち着きなく動き回っている。それを足元に寝ころんでいるお犬様が見上げている。
この分だと今夜の布団はお猫様、お犬様に占拠されそうである。
(ヒロ爺)