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常世の風に吹かれて呟いて…

常世の国に迷い込んだヒロ爺が、日々の風に吹かれて呟きを舞う

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秋雨にひねもす猫を抱いて惰眠

今日はお猫様を抱いて、一日何もせず寝て過ごした。お猫様も満足この上ない顔つきで、終日小生の腹に抱かれゴロゴロ喉を鳴らしていた。動かないので腹もすかないし、そのまま明日まで寝ていようかしらと思っていたが、目が冴えてきて眠るどころではない。しかし、ここで何かを始めてしまうと、明け方までになり、明日の昼間もお猫様と寝る羽目になってしまい、夜昼逆転の生活になりかねない。
しかし、お猫様ときたら小生が起きると、今度は自分のホットマットに横になって鼾をかいている。猫が鼾?…と不思議に思う人もいるかもしれないが、猫も鼾をかくのだ。パグ犬やブルドッグなどはとんでもない大鼾をかくが、猫も立派に鼾をかく。
自然界の動物たちと言うのは、満腹になったらできるだけ動かずエネルギーを消費しないように寝ているものだ。それは、次に何時獲物が取れるかわからないので、腹が一杯になったらできるだけ動かずジッと体力を使わないようにしているのだ。だからペット化された犬や猫でも腹が満たされている時は、動かず寝ているのだ。それを考えると、人間は意地汚く強欲にガサガサ働き過ぎるように思う。
目が冴えて眠れないからと、何かを始めないで、布団を敷いて眠れなくても横になっている事にしよう。
(ヒロ爺)
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赤い日差しにオクラの花寂しげに咲ておる

長かった猛暑が終わり、やっと秋が来て、太陽の日差しもめっきり赤くなってきた。映画監督をやっていた頃は、秋から冬は屋外での撮影時間に悩まされたものだった。午後になると太陽光が赤くなるのでフィルター補正が必要となり、秋が深まると夕方近くにはライトが必要になってくる。太陽光の条件の良い時間にできるだけ稼がなければならない。秋は嫌なシーズンであった。しかし、フィルムからビデオテープになると、太陽光補正が実に簡単になり、撮影感度の調整も簡単になり、秋のあたふたした撮影現場がすこし楽になった。
今ではデジタル録画となり、もっともっと楽になった。技術革新とは実に有難いものである。製作コストを下げるために、フィルムは仕上がりの3、5倍まで。合成処理はできるだけするな。カット・カットを確り繋ぐ演出コンテを考えろ。等々、昔は演出以外の事で大変だった。
さてさて、そんな思い出を書くつもりではなかった。太陽の日差しがめっきりと赤くなってきて、透明感のある黄色のオクラの花が赤の陽に混濁して、もうそろそろお別れだねと寂しげに言っているよう思えた、と話したかったわけである。人間様には猛暑だったが、水さえたっぷりと与えられていれば、熱帯植物のオクラには快適な夏のようであった。おかげで今年は毎日オクラを食卓にあげる事が出来た。そのオクラともお別れである。明日からは又雨模様の天気だという。当然気温も下がってくる。透明感のある薄黄色の花とも来年の夏までお別れとなる。
(ヒロ爺)
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雨も降り風も吹いて秋はあらし

あっという間に9月も走り去ろうとしている。小生の誕生月であるが、ああ今年で俺もXX歳か、などと感慨を持つ間もなく早々と走り去ろうとしている。ビックリする速さである。あれもやらなければ、これもやらなければ、と右往左往しているうちに、時の移ろいだけは粛々と刻まれていく。
今、ふと思ったのだが、時の移ろいに躊躇いの概念を与えたらどうだろうか。さぞかし愉快な事だろうと思う。計画というものがこの世からなくなり、すべてが行き当たりばったりになってしまったら、私は…そしてあなたはどうする? 明日までにこれを終わらせよう、なんて考えていても、時が何かに躊躇いを覚え、移ろうことを停止してしまう。愉快だろうね。そして、焦るだろうね。私たちは何をやるにも大小長短はあるけれど悩んだり考え込んだり立ち止まったりするけれど、時の移ろいは律義に刻々とリズムを刻み続け、何千年、何万年、何億年も前からそして無限大の先まで、寸部の狂いもなく刻み続けていくのだ。
これをよくよく考えてみると恐ろしいことだね。我々はそんな恐ろしい世界に暮らしているなんて、考えると気が狂いそうになる。無限大に過去や未来を考えても時の刻むリズムは同じだなんて信じられるかい。時には疲れて、少しの間ゆっくりさせてもらうね、何てこと言わないのだかね。恐ろしいよ。だから、時の移ろいに躊躇いの概念をちょっとだけ与えて、ちょっとだけファジーな移ろいを創ってみたらどうだろうか。今日は一日が26時間。明日は、そうだな18時間。現在の尺度がめちゃくちゃになってしまうだろう。実に愉快なことだと思うが、皆はどうだろうか。
あッ、そう言えば時をテーマにした童話があった。そう、「モモ」だ。ミヒャエル・エンデの書いた「モモ」だ。
今夜は、モモを読みながら寝よう。だから、明日の朝は少しゆっくり時を刻んでもらおう。
(ヒロ爺)
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何もせずとも一日の暮れるはやさよ秋の雨

実に何日ぶりなのだろうか、一日雨に降られ、何もやらず過ごしたが、暮れる事の早さといったら本当にあっという間であった。何か考えていたわけではないのだが、いつも通りの6時に目をさまし、気付いたらもう日暮れであった。塵裡に閑を偸むというが、何かをやろうと思えば、確りと閑を偸まなければ何もできない。何かを夢中していると時の過ぎるのが早いというが、何もやってなくても過ぎる時は早い。真剣に何かをやろうと思えば、必死になって閑を偸まなければ何もできない。『見上げたもんだよ屋根屋の褌』なんて言葉があるが、全くだ、時と言う奴、見上げたもんだ。
歳をとると時間を持て余すと聞いたが、それはいったい何歳を過ぎたらなのであろうか。断定はできないが、小生このままいけば灯が消えてもまだ魂とやらが、灯が消えたとも知らず閑を偸もうと右往左往しているのかもしれない。やれやれだ。
やれやれといえば、一日雨が降って、洗濯をしないと洗濯ものがドサッとたまる。我が家は二人なのであるが、どうしてこんなに洗濯物が出るのかと感心させられた。明日は、晴れてくれないと困るな。洗濯ものを考えるだけでもう大忙しだ。本当にやれやれだ。
(ヒロ爺)
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原子力の村に源平の男女あう

今日は、ことば座の特別研究生の兼平良雄夫妻と一緒に、東海村の文化センターで行われた、白石加代子の朗読劇「源氏物語」を観に行ってきた。兼平良雄さんは、今年二月から平気物語の全巻百二十句の朗読に挑戦している。軟硬の違いはあるが、語り朗読を演じる者にとってぜひ観ておいてほしい舞台である。ちょっと目障りな演出もあったが、白石加代子の語りは相変わらずの演劇としての説得力を持っていた。朗読としての語りの間の創り方は大いに勉強になったろうと思う。
昨年は、小林幸枝を連れて白石加代子の舞台を見に行ったのであったが、観劇後の小林幸枝の表現が大きく変わって来た。今回の、兼平良雄も次の公演での朗読では、大いに影響を受け、思い切りの良い語り朗読ができるだろうと期待している。
朗読劇の舞台としたら、東海文化センターのホールは大きすぎるが、良く人が入っていた。これをもし、石岡でやったらこんなに人は入らないだろうな、と些か寂しくなってしまった。
(ヒロ爺)
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平成の秋の新季語は猫冷え

未だ今年が終わったわけではないけれど、2010年は大層にビックリな年になった。記録を更新した猛暑日と熱帯夜、どこまで繋ぐか横綱白鳳の連勝記録・目指せ70連勝。そして我が秋の季語には「猫冷え」が誕生した。
一日の大かたをお猫様と過ごしているのであるが、お猫様からは実に沢山の発見がもたらされる。今日は突然に「猫冷え」という秋の季語を思いつかせてもらった。猫冷え、猫冷えと何度も声に出してみたのであるが、実に語呂の流れが良い。さっそく猫冷えを使って一行文詩を詠おうと思った途端に、言葉が出てこなくなってしまった。花冷えに匹敵する綺麗な言葉だと思ったのであるがどうも違うようである。
猫冷えにビックリしているのは、茄子の葉っぱである。茄子は、うまく枝芽を伸ばし剪定してやると、秋の遅くまでよく実をつけてくれるのであるが、三日連続しての突然の猫冷えの所為で、葉っぱが突然に枯れてきてしまったのである。紫の花も元気がない。茄子に無駄花無し、と言うがもしかしたら無駄花になってしまうかもしれない。もしそうなったら、猫冷えの季語は良くない言葉として捨ててやろう。
お猫様は、ホットマットの上でぬ~くぬくと眠ってござる。
(ヒロ爺)
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雀ちゅんと鳴いて秋風の吹く

昨日お猫様に、猫用のホットマットを出してやったら、今日も朝から一日ホットマットの上に寝転んだきり動こうとしない。お猫様!と呼ぶと尻尾をブルンブルンと振って返事をするのだが、マットの上から離れようとしない。33度からいきなり18度になったのだから、お猫様は、さぞびっくりしたのであろう。だが、小生は大助かりである。お猫様が膝に抱っこと言ってこないのだから。
今日も一日、体を動かすことなく本を読んでいた。これでもし炬燵でも入れていたら、読書どころか一日寝ている事になるだろう。
藤沢周平の何冊かの本を読み終わったので、次に何を読もうかと本棚を見ていたら、「きのこ・木の実」の本が目につき手にして開いた途端夢中になってしまった。
この夏は、庭の新しい場所にひと畝の畑を耕し、オクラを10本ほど植えたのであったが、そこにヒトヨタケがびっしりと生えてきて取り除くのに大層手間がかかった。採っても採っても翌日には新しいのが生えてくるのであった。どうやらこの畑を作るときに、半分腐りかけたヨシズを細かく裁断して地中に埋め込んだためのようだった。手にした本によるとこのヒトヨタケは食べても美味しいそうである。但し、酒と一緒に食べると頭痛や呼吸困難に陥る、と出ていた。美味しいと言われれば食いしん坊な小生何でもすぐに食べたくなるのであるが、今は酒は全く飲まないが呼吸困難と聞くと遠慮したくなる。しかし、来年もまた生えてくるようならば、一度食べてみるのも悪くないなと思う。
今年の夏は、ゲリラ豪雨はあったが、雨がほとんど降らなかった。これでは突然に秋風が吹いてきてもキノコは生えてこないのではないだろうか。
(ヒロ爺)
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秋雨の肌に冷たく声の寂しく

昨日とは十数度も気温が下がり、体が付いていけない状態で、何か大層に疲れを感じてしまう。我が家のお猫様は、早々と猫用のホットカーペットにぬくぬくして満足気に喉を鳴らしている。
最近、何故か藤沢周平の小説にはまっている。はまっているといっても、初めて読むものは一つもない。彼の小説の殆どが棚に平積みしてあり、少ないものでも三度は読んでいる。この数日間に読んだのは「闇の傀儡師」「秘太刀馬の骨」「玄鳥」「海鳴り」そして今「三屋清左衛門残日録」を読んでいる。藤沢氏のどの小説を何度読んでも彼の人を温かく見つめる視線には「う~ム…」と声をあげてしまう。人間を、人生を絶対的な温かさを持って賛歌する心は、どの物語にも共通してある。
今読んでいる三屋清左衛門残日録に自分を照らしてみるのであるが、小生はまだまだ生臭く卑猥である。しかし、だからといって自分を恥じる気持ちはさらさらない。むしろ自分はもっともっと生臭く卑猥であっていいし、熾烈であっていいと思っている。憧れは、そう…一休宗純のようでありたい。
こんなに突然に寒くなると、無意識に「母は、どうしてるかな」と思ってしまうが、この夏の猛暑を知らず自分を終わらせてしまった。机の前の本棚に、母の句集が置いてあるが、藤沢周平が終わったら、一度ゆっくり読み返してみようかと思っている。
湯上りのつま先が冷たく感じる。お猫様だけでなく、小生も足温器を出さないといけないかな。
(ヒロ爺)
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今夜は月の明かりも訪れず中秋の風

心待ちにしていたのだったが、中秋の月明かりはなく代わりに小さな野分もどきが窓を時々叩いていく。これも秋の空の気まぐれな風情である。気まぐれと言えば、小生、思いつきで随分といろいろな名前を使ってきた。何か新しい事を始めるたびに、新しい名をつけて、それをスイッチ代わりにしてきた。
30年ほど前の事になる。その頃、小生の仕事部屋を六本木の交差点近くに借りていて、その部屋を酔狂庵と呼びその庵主の名を「痩風」と名付けた。当時、自分の本業と言っていた脚本・演出業の時は本名の白井啓治を使い、その他の仕事には泉摩周だとか長谷部朗だとかを使っていた。ヒロリンなんてとぼけた名称も使っていた。
石岡に越してきて、ふる里作家名として近藤治平(こんどうはるを)をしばらく使っていた。一切の仕事を辞めるために越して来たのだから、ある種の雲隠れのようにしていたので、脚本家白井啓治の名は使いたくなかったからであった。しかし、ことば座を設立し、小林幸枝を売り出していくためには、聞いたこともない近藤治平では些か不都合になって来たので、脚本家白井啓治に戻したのである。
しかし、何か新しく事を始めるときには新しい名前をつけたくなる遊び心は抜けず、全部の名前を白井に統一した途端些か寂しい気持が起り、ならば何か新装オープンでもして、一つぐらい別な名を持とうと、これまで「一行文」と称していた自由律の短詩を、「一行文詩」と改め、一行文詩詠い人:草風亭雨露なる雅号を持つことにしたのである。ふるさと風の会が毎月出している会報「ふるさと風」に不定期ではあるが、「風語り」と題して雨露の名で一行文詩を書いている。
興味をもたれた方が居たら、ふるさと風のHP、(http://www.furusato-kaze.com)をご覧いただけたらと思う。
意味のない事を書いているうちに野分らしき風も吹かなくなってしまった。月もなく風もなし、である。
(ヒロ爺)
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まんまるの前の月は黄金の色

このブログを始めて一カ月が過ぎた。この一カ月は日記のつもりで何とか毎日書き続ける事が出来た。文章を書くことそのものには大変さはないが、自分自身に強制して書かなければならないのは、些か辛いことである。自分自身の裡では「風の吹くまま風の吹くまま」と思っているのであるが、小生にとっては新しい事なので、まだ風の吹くままにとはできないでいる。しかし、世の中の誰か一人ぐらいは読んでくれるだろうと期待をしてみると、これはもう慣れるまでのしばらくは自身に強制することは仕方のないことであろう。
今日の稽古で、初めて小林幸枝の方丈記の舞に、謡曲風の朗読を当ててみた。妙な言い方になるが「ミスマッチのバランス」が取れているような印象を受けた。明日の稽古で、もう一度謡曲風に朗読をしてみようと思っている。それで本当にアンバランスな調和(?)が取れるようであれば、このスタイルで「方丈記…ゆく河の流れは…」と朗読をしてみたい。今日は、謡曲風の朗読に、鼓ならぬジェンベを打って調子をとってみたのであるが、これはなかなか面白い雰囲気が出ていた。11月の公演には乞うご期待である。
中秋の名月は確か明日であったと思う。さっき、庭に出て月をながめてみたら、まんまるに一日足りていない感じであった。しかし黄金の色に染まった月は美しく輝いていた。
(ヒロ爺)
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祭り太鼓の死んで犬の遠吠え

お祭り終了の花火の爆裂音が聞こえてくる。つい今しがた、町内の祭り部隊が引き揚げて来て、静寂が戻ってきたらどこかの家の犬が遠吠えをし始めた。祭りが死んだ。
今日は、石岡の祭りの最終日。普段も日中は物音も人声も聞こえぬ我が家周辺であるが、今日の昼間は普段にもまして静かであった。おそらくはお祭りに繰り出したのであろう。そんな静かな中、小生は朗読の稽古。
11月公演の本は、プロローグに方丈記を配してみた。方丈記を小林幸枝に、仕舞風な手話舞をさせてみようと思っており、その朗読をどのようにするかいまだに迷っている。今日は、謡曲風に謡い語ってみた。朗読だけを考えればそれはそれで一興あるのだが、手話の舞とどのように語り合えるのかはもう少し先にならないと分からない。
小林幸枝との朗読舞を、アンダーグランド的な舞踏劇にはしたくないし、そうなってはダメだと思っている。しかし、朗読舞という表現を確りと確立させるためには、ある時期アナーキー的アブストラクトな舞踊に踏み込んでみる事も必要であろうと思っている。ことば座は第二ステージに入ったが、この第二ステージでは大きく試行錯誤を意識的に起こし、チャレンジすることでしか次へのステップアップは難しいだろうと思っている。
今日、テレビを見ていたら、65歳以上の高齢者の人口に占める割合を報じていた。高齢者と呼ばれる歳になって、朗読舞などという新しい表現にチャレンジする身になろうとは思ってもみなかった。だが、小生にしかできないことが見付けられて幸せな奴だと思っている。
(ヒロ爺)
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風の中から祭り太鼓のむなしく鳴いて

やはりこの目で見ておこうと石岡のお祭りに出かけて来た。人の出はあるが祭りの雰囲気は昨年よりもまた一段と寂れ、昨日述べた「品」が全く感じられなかたった。
小生、子供の頃より浅草・三社祭に親しんで来、お祭りそのものは大好きな方である。三社祭も一時は急な寂れ方をしたが、今ではまた元気に盛り返してきている。浅草の国際劇場がなくなった頃には、三社祭も名ばかりの寂れようであった。しかし、歴史の中の浮き沈み、試行錯誤を経て新しく活気を盛り返してきた。そして、昨年、いや一昨年だかに新しいルールを無視した輩が出て神輿が出なくなり、今年は復活してきた。歴史としての文化的品というのは、単純に継続していれば出てくるというものではない。歴史というのは日々変化することで刻まれていくものなのだから、変化を拒んだら文化としての歴史が止まってしまう。文化としての歴史の盛大とは今そこに人が大勢いるから盛大とは言わないのである。
見直すべき時、検証すべき時、創造すべき時を失すると、何も残らなくなってしまう。昔は…、と言う人が居なくなった時、そこには雑草しか、いや雑草も生えぬ地になってしまう。積極的に変わることを考えないとすべてを失ってしまう。
携帯電話にばかり夢中している露天商の人達には、石岡の祭りは、もう魅力ある祭りではないのかもしれない。
(ヒロ爺)
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手も触れで何の伝うかゆきくれてひとり

石岡の町は今日から三日間、自慢のお祭りが続く。
今、町内の祭り部隊が帰ってきて、本日の打ち止めの太鼓が鳴り響いていた。遠くに花火の音が聞こえ本日の祭りイベントが終了した。
これは毎年思うことであるが、石岡の祭り太鼓から郷愁とか哀愁の響きが聞こえてこないのである。独りよがりの空騒ぎの太鼓の音なのである。これは長い歴史に洗われて確りと残って来たという品がない事に他ならないのだろうと思う。歴史の中に生まれる「品」というのは、単純に長さだけの中に生まれるものではない。今に伝わる歴史の長さというのは、紆余曲折の中に研鑽による必然性の創造によって存在するのである。何百年と続いているものには、ゆっくりとではあるが長期にわたる紆余曲折と必然性の創造が繰り返し継続され、その中にこれはもう変えようがない不変が生まれ、それが品となって外に主張してくる。
石岡の祭りはたかだか百年程度の歴史で、今のスタイルになってからの歴史はもっと短い。しかし、40年、50年の歴史であっても、そこに紆余曲折の中で必然性の創造がなされていれば、成熟の域には到達していなくても「品」の片鱗は現れてくるものである。ドラマの世界で言えば生きる事の「葛藤」即ち「逡巡と洞察」であるが、祭りを継続していく中に常に現状の見直しと必然性の創造ということが繰り返されていけば、必ず「品」が生まれてくるものである。
祭り自慢の石岡に来て先ず感じたのは、その祭りの中に「品」が形成されていない事であった。それは、先人・先達者たちが石岡に世に誇れる祭りを作り上げ、その力を見せつけてやろう、という創造努力の遺産だけに頼っていて、自分たちの世代の必然性を創造してこなかったからだと言える。
石岡の祭りは「関東三大祭りの一つ」というキャッチコピーを、歴史的根拠のあるものと今まで勝手に思い込んでおきながら、そうではないと気付かされた途端、そういうことは言わないように等という馬鹿げた話も出てきている。これでは当分、石岡の祭りには「品」は生まれてこないだろうし、旧市街地のように寂れはて、復活不能となってしまいかねない。
祭りの終了の花火を聞いて、ため息混じりに思ってしまった。
(ヒロ爺)
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待ち人の声もなく蟋蟀の鳴く

漸くに感傷的な季節が移ろってきたというに待ち人の声は聞こえず、蟋蟀の声ばかりが高く鳴いている。
唐突であるが、人間の生きがいとは何か、と問われれば小生すかさず「恋だ!」とこたえる。正直なところ、小生は恋を感じている時以外は生きがいや幸せを感じたことがない。我が家は男児ばかりの家系であったが、孫に初めて女児が誕生した。お爺ちゃんと呼ばれれば相好崩し孫娘にデレッとだらしなくなってしまうが、それが小生の幸せを感じ、生きがいを感じるのかと言えばそうではない。恋人を思い、理由なき嫉妬で腹を立てたりしている時の方が、はるかに自分自身を実感でき、生きている喜び、幸せを感じる。そんな、いい歳をしてからにと言われても本心を言えばそうなのだ。
そして、小生はその本心を死ぬまで大事にしたいと思っている。惚れた女を抱いて、その肌の温かさを感じ、別々に打つ二つの心臓の鼓動が一つになる一瞬を感じる事が自分の生きている最大の意味だと思っている。
小生、ことば座を立ち上げる時、女優の小林幸枝に常世の国の百の恋物語の執筆を約束した。今稽古に入っている話が二十六話だから、百話にはまだまだ先が長い。だから、もう色恋なんて、とは言えないのである。一つの恋が生まれたことを自覚した直ぐ次には新しい恋を求めて、寒蝉になっても啼き続けなければならないのである。だから、蟋蟀の声を聞けば直ぐに俺の待ち人の声は、と思ってしまうのである。
(ヒロ爺)
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夜更けて布団に入れろと猫様肩をたたく

我が家のお猫様、寒さが大嫌い。昨夜は眠るに最適な温度であったのだが、我がお猫様には寒いらしい。しばらくは布団の上に丸まって寝ていたのであるが、枕明りを消した途端、ミューミューと啼き声をあげ、顔のそばにやってきておでこを舐めたりしていたが、知らんぷりをしていると肩をトントン叩くのである。布団の中に入れろというのである。これ以上知らんふりを決め込んでいると、お凸をパンチされてしまうので、毛布を持ち上げてやると中に入ってきて我が腹の所にピッタリとへばりついて眠るのである。小生の寝がえりを打つのが気に入らないらしく、そのたびに布団を出て一回りして、またやってくるのである。一晩に何度それを繰り返すのだろうか、涼しくなると小生は寝不足となる。今夜は、昨夜よりも涼しい。今、小生の足元で、未だ布団を敷かないのかと、催促がましく鳴いている。
今日は、サッチモことルイ・アームストロングのCDをかけながら、詩の朗読をしてみたところ、不思議なマッチングでびっくりした。バラ色の人生、二人のタンゴ、キャバレー、ハロー・ドーリーなんて曲が、「あなた 恋瀬の流れが 青く染まったら…」なんて詩に妙にピッタリと来るのであった。「もう使い物にならない脳みそは 黒いカラスたちよ お前たちにくれてやろう…」こんな詩が二人のタンゴなんて曲とピッタリくるのである。ルイのあのだみ声が、歌の意味など吹き飛ばし、常世の恋歌と絶妙なコラボレーションをするのである。
昨夜は、禅語録の話をしていたはずだが、今夜はだみ声とデキシーのリズムに常世の恋歌の話なんぞするのだから、小生、やはり変な爺さんなのかも知れない。
お猫様に、足を引っ掻かれないうちに、先ずは布団を敷いてやらなければ。
(ヒロ爺)
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夜ごと一度涼しく秋をつれてくる

変化なく何時までもジッとしていられると、何も期待していなくとも苛々してくるものである。この夏の異常な暑さも同じである。「ああ、異常気象だ!」と熱帯性高気圧が動かず居座られているとつい声を荒げてしまうのであるが、その腰をちょっと上げた途端、動きは止める手立てのないほど圧倒的な威力で移動していく。そうなると今度は、そんなに急がなくても、と愚痴りたくなってくる。人間という奴は、つくづく身勝手な生き物だと思う。人間の勝手な意図でデーターを集め、その平均値を割り出し、その平均値に事が運ばないと異常だという。しかし、自然を中心に考えれば異常が正常なのである。こんがらがるように言うならば正常とは異常の事、予測不能こそが自然なのである。
禅の語録や問答集が好きで、ときどき本を開いてみるのであるが、そこには「正常とは異常の事、また異常とは正常の事なり」というような問答がそれこそ一冊のまるまるを費やして話し語ってている。まさしく異常なのであるが、これこそが正常なのである。?????しかし、人の世を達観して観ると「正常は異常であって異常は正常なりとは当に真実である」といえる。
小生、若い頃から「自由自在」の言葉が好きで、自分自身の人生は常に自由自在でありたいと考えており、許される限り、自分の本位に過ごして来た。そうした自分に、大いに支えとなった言葉が「出得するも出得せざるも、渠(かれ)も儂(われ)も自由なり、神頭は鬼面と共にならび、敗闕も当に風流なり」であった。
今日は些か年寄り趣味になってしまったが、あまりにも計画的に過ぎたり、考えを固定化・定形化したりせず、正常とは異常の事と、泰然自若することも必要なのではないかと思うが、はてさて。
(ヒロ爺)
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遅くとも速くとも季節の風はやってくる

今日は、大層に愉快な日であった。
ことば座とは兄妹関係にある「ふるさと風」の会報を読んでくださっている方から、会報52号では何時もと違う詰らない風が吹いていました、と封書をいただいた。52号では、確かに執筆者の権威誇示のような卑猥感漂う文を投稿欄に掲載したのであった。小生、その違和感のある原稿の掲載に関して、もう少しはっきりと風の会としての所感を述べておけばよかったのであったが、権威誇示をさせたままにしておいたら、すかさず「変な風を吹かすな」とお叱りを戴いてしまったのである。このようなお叱りというのは実に愉快な気持ちにさせてくれる。風の会を真面目に応援してくださっている事がはっきり伝わってくるからである。心のあるお叱りというのは、受ける側の心を温かくし、愉快にさせてくれるものである。
もうひとつ愉快だったのは、ことば座の稽古で、ユッキーの舞いが突然に大きく美しい舞になったことである。先週までは、小さくまとめるような舞であったのだったが、まとめる事をせず、大きく好き勝手に伸び伸びとして来たのである。この調子で、私の手に負えないほど自由自在、自由奔放に伸び伸びとした忘我の舞になってきてくれることを望んでいる。今日はその希望が見えたので、嬉しく、愉快になることができた。
演出家の贅沢なのであるが、俳優さんたちがこちらの予測ができないほど奔放に大きく伸び伸びしてくれたら、と何時も願っているのであるが、その贅沢はなかなか味わわせてはくれない。
ユッキーと別れるとき、明日は天井を突き破るほど伸びあがって舞いを作ろうと話したのであったが、どうなるであろうか。
(愉快だったヒロ爺)
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風が吹いてきて日が暮れた

暑さは今日まで、と言っていたが、ひと風吹いてきた途端に日が暮れるところをみると、秋だなと呟いてみたくなる。少し蒸し暑い気もするが、陽が落ちると確実に秋の風になっている。コオロギの声が安心して聞けるのは、やはり秋風の吹いたせいなのだろうか。
今、遠くで雷が鳴っている。雨でも降るのかしらん。
日本人は、どうしてこんなに季節の移ろいが待ち遠しく、また寂しさ、侘しさを思うのであろうか。コオロギの声なんか昨日と違いがあるわけではないのに、ちょっと秋風めいてくると寂しげに聞こえてくるのだから不思議と言うしかない。
時や日の移ろうことは、新しいものを迎える期待や喜びが大きいはずなのに、先ず寂しさを思ってしまうのは私一人の感傷ではないと思うのだが、どうなのだろうか。時や日の移ろいに感傷的になるのは、どうも日暮れのときや眠りの前に思うものだから、今日も一日が終わりぬ、と振り返る所為なのではないだろうか。振りかえることで移ろいを思うのは私だけかも知れないが…。
夕方に散歩に出るとつい呟いてしまうのは「カラスかあと啼いて日が暮れる」「陽が落ちてカラスかあと啼く」である。カラスが鳴いているわけでも何でもないのだが、夕暮れというのは、私の頭の中ではカラスが鳴いているのである。しかし、時には「夕やけをもいで喰ったら美味いだろうな」なんて呟きも出る。
今夜は爺のただの呟きで…。
(ヒロ爺)
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季節は北と南の綱引きでやってくる

どうやら綱を引く南に疲れが出てきたようだ。夕方の天気予報を観ていたら、暑さは明日までと気象予報士が言っていた。今夜は虫の声に一段と元気が増して来たように思う。
今日は一日、朗読のためのふる里民話の整理で終わってしまった。古い書物を調べていると、ものすごい量の伝説、民話がある。しかし、そのほとんどが…、いや全部と言ってもいいのかもしれない、捨てられてしまっている。数年前の事である。風土記の丘のお土産品売り場をながめていたら、入って来たお客が、石岡の名物って何がありますか、と聞いた。店員が、すかさず「お菓子でしたら釣鐘最中があります」と答えた。するとお客は、釣鐘最中ってどんな謂れがあるのですか、と聞いたのだった。するとその店員さん、ちょっと首をかしげ「昔からある和菓子です」と答えた。訪ねたお客は、あきれ返ったのだろうか買わずに出て行ってしまった。
石岡の観光物産店のような場所でありながら、国分寺の雄鐘雌鐘の伝説に基づいた銘菓「釣鐘最中」であることをたえる事も出来ないのだ。
伝説・民話とは、後世の劇的な発展を願っての指針のようなものとして創造されたものであるので、その伝説・民話を大切に語り伝えていれば、劇的とまでは行かなくても、ふる里の発展を導いてくれるのであるが、それを捨ててしまったら、後は没落しかない。
石岡は、かつては醸造の町として酒、味噌、醤油などの産業が盛んで、それを下支えする関東の養老の滝伝説「親は諸拍子は清水」という伝説があった。しかし、その伝説を捨ててしまった今では、醸造業はすっかり寂れてしまっている。
たかが伝説・民話と思うだろうが、伝説・民話には明日のふる里を劇的に発展させる道標が隠されて在ることを忘れてはいけないのであるが、…。
(ヒロ爺)
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日ぐれ道ひとりとぼとぼカラスかあと啼く

今日はことば座、風の会、いしおか補聴器が協力し合って月に一度開いている「ふるさと朗読会」があり、夕方から出かけて来た。ふる里を知ろうということではじまった朗読会であるが、人の集まりは少ない。気長にやっていくしかあるまいと思っている。朗読の後に、ふる里の歴史についての話し合いがもたれるのであるが、今回は石岡の祭りの話が出た。その中で、石岡の歴史ボランティアガイドでは、石岡のお祭りは「関東の三大祭り」ということはあまり言わないようにしている、というような話が出た。そして、その理由というのがふるっている。歴史的に根拠がないので、というのである。それを聴いて、腹を抱えて笑うしかなかった。賑やか盛大なお祭りですよ、と言うためのキャッチフレーズであるはずなのに、問われて根拠がないので言うのをやめようということらしい。
そう言う人たちは元々、というか初めは三大祭りを歴史的根拠のあるものだと信じていたのだろうか。そして、ついには、「三大祭りとは○○が言いだしたことで、○○に責任がある」なんて事を言い出す始末。開いた口がふさがらない。昨日も書いたと思ったが、石岡の祭りは総社宮の神事だと馬鹿げた認識を持っている者が実に多いことか。そのうち彼らは、神事だなんて騙された、と言い出しかねない。お祭りは、賑やかで盛大である方がいいのだ。自慢のできる内容であれば、歴史なんてなくても良いのだ。「よさこいソーラン」で良いのだ。お祭りというもの、歴史があるばかりが立派なのではないのだから。
朗読会の帰り道、本当に「ひとりとぼとぼカラスかあと啼く」と寂しくなってしまった。
(ヒロ爺)
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みわたせば思ひ思ひにふるさとの風

「みわたせば思ひ思ひにふるさとの風」これは石岡に越してきて間もない頃に詠んだ一行文である。
今日は再び夏の暑さにが戻ってきたが、吹く風は、ふる里の風になっていた。来週の土曜日から、石岡自慢のお祭りが始まる。夕方になると、子供たちの太鼓の練習が始まり、秋の風が音を運んでくる。
石岡に来て非常に不思議に思ったのは、石岡といったら「祭りだべ」と自慢するくせに石岡の祭りがどういう祭りなのかキッチリと分かっている人がいないことであった。常陸総社宮の祭りだというのであるが、総社にはこんな祭りは存在し得ないのであるが、総社宮の大祭だと自慢するのである。山車などを繰り出してのお祭りは、祇園祭が原型であり、総社にはそうした形式の祭りはない。しかし、総社の本来は創建されてからそれほど長くも存続しないうちにその役割を失い、総社の名前だけを残して、生き残りをかけた合併や買収などを繰り返し今日に至っている。神仏混合から廃仏毀釈など、時代時代の荒波にもまれながら、常陸国府のあった石岡だから、総社の名称もそのまま残されてきたのであろう。石岡の国分寺は、所謂国分寺の国分寺ではなく、国分寺という名称の寺なのと同様に、総社という名称の神社なのである。
このような実態を全く考えることなく、「石岡は祭りだ」「石岡の祭りは関東三大祭りの一つだ」と騒ぐだけのお祭りにしてしまっているものだから、小生の知っているこの十年間をみると、年々寂れてきている。市の観光課などでは今年は何十万人の人が、と集計を知らせているが、人の数が増えていようが、お祭りそのものに活気がなく寂れてきている事に気付こうとしない。
もともと神事として始まったものではない祭りを、神事だと言うところに無理があり、市民にそうした事の見直しを行い、新たな市民祭りを志向していかなければ、中心市街地のように再生のきかない街、再生のできない石岡祭りになってしまうだろうと心配するのは、小生だけではないだろう。
(ヒロ爺)
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すきでもきらひでもふる里

生まれた大阪を戦災に追われ、北海道にまで逃げ延びて以来、一所に十年と住むことがなかった。その所為ではないが、小生、一日でも住めばそこは「ふる里」と思うようになり、またそう思ってきた。今もそう思っている。だから三年ぐらいと、ふらりと住み始めた茨城県は石岡も自分のふる里だと思っている。ちょっと腰掛け、と石岡に住み始めもう十二年になろうとしている。一歩も動かず十二年というのは、今までの最長記録である。びっくり仰天である。
半分本気、半分冗談に、小林幸枝という人材に会わなかったら、おそらく今頃は石岡ではない、他の地に住んでいただろうと話している。まるまるの本気で「小林幸枝に…」というと誤解されるので、半分は冗談のように話すのであるが、実際、小生がこの石岡に住む必然性というのは、小林幸枝という俳優を発見しなかったらなかったと言える。
正直、こんな田舎町で演出家として四十年望んでも会えなかったスケール感のある俳優に出会うとは想定外も想定外の事であった。しかも昭和四十二年に、演劇界に失望し、演劇を捨て映画に身を移し、平成の九年にもう映画をはじめとする一切の仕事は止めようと、やって来たにもかかわらず「ことば座」という劇団を立ち上げ、改めてゼロからのスタートを決めることとなったのだから、小林幸枝との出会いが如何に小生の人生で衝撃的なものであったのか、である。
小林幸枝の聾唖者という才能を生かした朗読舞という新しい舞台表現を創出し、始めた劇団であるのだから、この国をモチーフにした物語を創作し、演じていくことにしたのであった。今度の11月公演でふる里物語は26話になる。
毎回書きながら思うのであるが、風景としては賛歌すべきことの多彩さには魅了されてやまないのであるが、人間性としての風土には全く絶望させられる。だが、好きでも嫌いでもふる里はふる里なのだ。
だからふる里というのは「物語が降る里」なのだと思う。
(ヒロ爺)
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独り言はいつもさみしい秋の宵

台風の日本横断によって熱帯夜が一転して秋の宵になった。おかげで独り言をつぶやく自分に妙に感傷的になってしまった。雨が降っている所為なのか、今夜は虫の鳴き声があまり聞こえてこない。破れ雨樋から漏れ出る雨水がビチャビチャと音を立てている。大地にとってはうれしい雨声なのであるが、昨夜と十度以上も違えば、感傷的に涙声に聞こえてしまう。
我が家のお猫様は、一日膝に抱っこされている。時々大きな声を出して「み~み~チャン!」と呼んでやると、尻尾をブルンブルン振って応えてくれる。午後二時間半ほど稽古に出かけ、戻ってくると直ぐに膝の上に乗りグルルグルルと喉を鳴らし、満足げに寝入っている。お猫様の喉を鳴らす声を聴いていると、こちらも眠くなってくる。ちょっと昼寝と、枕を出して横になると、お猫様は今度はお腹の所にピッタリとくっついて一緒に眠るのである。我が家のお猫様、暑くても寒くても一日ひっついて離れない。今日の稽古では、ユッキーの舞う方丈記は随分と良くなってきた。呟きエッセイが果たしてどのぐらいの舞になるのか心配であったが、この調子でイメージを拡大していってくれたら、予想以上の舞が完成するだろうと思う。この方丈記を舞にすることができたら、この先はどんな文も歌も舞にすることは難しくはないだろうと思う。とにかく11月公演に向けて、舞の完成が楽しみである。
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稲田がいがぐり坊主になった

今日は久しぶりにギター文化館で稽古を行ってきた。未だ、今回の本をどのように朗読するか定まっていないので、ギター文化館で聞く自分の声には粗ばかりが目立っていた。当然のことながら、ユッキーの舞いを優しく包み込み、自由奔放な舞いを促す朗読はできていない。ユッキーの舞もまだまだ小さく、圧倒するスケールは見られなかった。ギター文化館のホールは、ギター演奏のために設計されたものなので、朗読などにはあまりむいてはいないのであるが、このホールに合うかたちの発声ができると、声が繭玉のような繊細で温かい包み込みを見せてくれる。演劇用の舞台では決してつくれない、声を楽器にしてくれるホールである。
先週までは、ただただ猛暑を恨むような外の風景であったが、今日は暑さは変わらないけれど、吹く風の硬さが変わってきていた。ギター文化館の駐車場に車を入れて、しばし風に吹かれて、眼下を眺めると、稲田がすっかり刈られ、いがぐり坊主のようになっていた。昔なら、刈り取られた稲は、そのまま田んぼに柵架けされて何日か乾燥されるのであるが、今はコンバインで籾だけ袋詰めされて、藁は粉砕されて刈田に撒かれてしまう。稲刈りの終わった田圃は単なるいがぐり頭のようになってしまう。これを風情がない、というようなことを言う人もいるが、暮らしの様式は年々新しく変化していくものであるから、変化したものが今の風情なのである。
先日テレビで十何万円という電気炊飯器が紹介されていた。昔の竃炊きの味が出せるのと、古米でも新米に変わらぬ味を引き出すのだそうだ。炊飯器に十何万円もの大金を払う勇気はないが、今年の地元の新米を早く食べたいものである
(ヒロ爺)
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黒いカラスたちよ熱暑に腐った脳みそをくれてやろう

夜になり今日は幾分涼しい風が吹いている。虫達の声も今夜は幾分元気に聞こえる。
『山あれば山を観る。雨の日は雨を聴く。春夏秋冬 あしたもよろし ゆうべもよろし』山頭火の自選句集の中にこんな一文がある。山頭火らしい真っ当な文である。山頭火と言うとちょっとひねくれ者、すね者を思ってしまうのだが、この文は真っ当過ぎるほど真っ当である。
ことば座の稽古も少しずつ進んできた。稽古場に早めに出かけ、一人朗読の練習をしていて、今頃になって方丈記の一説に気付いた。「あした(朝)に死に、夕べに生まるる…」とあるが、これはその逆の「あしたに生まれ、夕べに死ぬる」が普通には言われることである。鴨長明という人相当なひねくれ者か、と思ってしまった。
ことば座の11月公演は「難台山城落城哀歌」と題する話を演じるのであるが、冒頭に引用した方丈記の舞が、全体の成否を決める。朗読舞のユッキーには、今までとは異なるイメージの発展が要求される。古語を手話語に翻訳するのはなかなか難しいものがあり、手話そのものは現代手話語に表現し、古典的な言葉に込められたニュアンスは、ユッキーの感性に委ねるしかない。今回の台本のセリフの大半は、古い武家語で書かれているので、手話に翻訳するのにかなり手こずっている。しかし、随所に「ほほ~。この言葉を、こんな動作言語に表現したか」と驚かされる表現がある。この先が楽しみである。
ユッキーの感性が創造してくる表現動作は、熱暑に腐った脳みそを捨てて新しく誕生した若い脳みそで受け止め、音声の朗読にコラボレーションさせなければならない。
カラスたちよ、腐った脳みそはお前たちにくれてやろう。
(ヒロ爺)
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呼んでも知らん顔ひねた胡瓜

毎日、猛暑のことばかり話しているが、本当は雨の降らないことが問題なのだ。普通ならばこれだけの暑さが続くと、どこかで夕立があるものなのだが、この夏はゲリラ豪雨はあったが、適度な夕立というものがない。夕立でも来れば熱帯夜も少しは減るのだが、大地はカラカラに乾いていくばかりである。
夕方、暑い暑いと言っていても仕方がないので、散歩に出かけてみた。しかし、少し歩きだして後悔が始まった。五分と歩かないうちにシャツは汗でびっしょりになった。途中で婆さんが老犬を連れて歩いていた。おいおい、二人して行き倒れるんじゃないぞ、と声をかけそうになったが、行き倒れるのは自分の方じゃないかと気づかされた。カラカラに乾いた畑に胡瓜が植えてあったが、葉の大半が黄色く枯れ始めていた。枯れそうな蔓に歪に曲がった痩せこけた胡瓜がぶら下がっていた。何となくウインドウに映った自分の姿を思ってしまった。それで親しみを持ってひねこけた胡瓜に「暑くてたまらんな」と声をかけたのだったが、胡瓜の奴めに知らん顔をされてしまった。
意を決して散歩に出かけて来たのに惨めな気分にさせられてしまった。
(ヒロ爺)
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暑さは平気だと 守宮(やもり)は声もなく

西日になりかけた三時頃であった。我が家のお猫様の「耳ちゃん」突然縁側の網戸に駆け上り、ガラス窓にパンチを与えている。何事かと思って、行ってみると開けたガラス戸の間に守宮が腹を太陽に向けてぴったりと張り付いているのである。我がお猫様がパンチをしても、全く動じない。窓のガラスの間に挟まれて居るので安全であることを十分に知っているのである。お猫様としては、手を出せない悔しさと、守宮が全く動じないで張り付いているのが気に入らないのである。お猫様は、しばらく睨みつけていたが諦めて網戸を離れた。守宮君のほうはと言うと西日がガンガン照りつけているのに、暑さにも動じないでペッタリと張り付いて、その腹を西日にさらしている。息を殺してじっとしているのかと思いきや、そうでもないのである。愛嬌のある(?)目を時々キョロキョロと動かし、獲物でも探している風なのである。よく見ると守宮という奴の肌は、白っぽい粉を吹いたように見えながら実はプヨプヨと弾力があって、柔らかな感じのする肌なのだ。窓ガラスの間にいるので、触ることはできないが、不思議な感触を思わせる、暑さ知らずの肌のようである。
(ヒロ爺)
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日ざかりの落ちる葉のいちまい

「日ざかりの落ちる葉のいちまい」これは種田山頭火の句である。毎日、暑い暑いと言いたくないのだが、やはり暑いものは暑い。午後の二時。縁側の戸をあけていても風の駆け抜ける気配もない。陽のあたる廊下にお猫様が長く伸びきって寝ている。それを見ていると益々暑さを感じてしまう。クーラーを入れないととても仕事にはならない。日差しの照りつける庭の椿の木を眺めながら、お猫様、大騒ぎするけれどクーラーをつけるかと決めた時、椿のてっぺんの方から、カラカラ…いや、カシャカシャかな。音がして、茶色くなりかけた葉が一枚落ちて来た。そうしたら、何故か種田山頭火の句が思い出されたのである。
「へそが汗ためてゐる」これも山頭火の句である。
(ヒロ爺)
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風鈴の声もむなしく褌(憤怒し)一つ

これはもう、十年ぐらい続いている。9月は自分の誕生月の所為もあるのだが、9月に入ると「9月になれば」という映画とその主題歌が思い出される。映画はどうということのない三流の青春ラブストーリーである。ナタリー・ウッド、トロイ・ドナヒュー、そしてロック・ハドソンとエリザベス・テーラーが出ていたと思う。映画の中身よりも、ナタリー・ウッドが好きで、それだけで見に行った映画である。しかし、バックに流れるテーマミュージックは爽やかで、美しい曲であった。
理由なき反抗で、ジェームス・ディーンなんぞよりナタリー・ウッドのちょっと小生意気な綺麗さにショックを受け、彼女の出ている映画なら何でも観た。そして、俺も一生爽やかに恋をし続けてやろうと思ったものである。そうすれば何時か、もしかしたらナタリー・ウッドのような娘と出会えるかもしれない、とも夢見た。そのことを忘れず、この歳になってもまだ新しい恋を求めてキョロキョロしている。だが、タイトルに詠んだように、今年の暑さには歳を隠して気取っているわけにもいかず、褌一つに隠した男を団扇で扇いで蒸れの防止に努めている。まったく色気のない話である。
昨日、11月公演のための最初の読み合わせを行ったのであるが、その時ユッキー殿から、舞歌の言葉は美しいけど、実際の舞にするのは難しいと言われた。…そう。褌一つで股間を扇ぎながら台本は書いてはいたが、決して爺臭くはならなかったと思っている。文の行間に透けて見えているのは、ナタリー・ウッドではないが、絶世の大和撫子なのだから。
(ヒロ爺)
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長月になれども秋風は何処ぞで道草してござる

今日からは長月、九月に入った。ところが秋風に奴ときたら何処ぞに道草を喰っていてなかなかやって来ない。今夜も部屋の温度は熱帯夜を指している。
九月は吾ヒロ爺の誕生月であるが、歳を数えるのは面倒なほどになってしまった。恋する気持ちは衰えていないが相手の女性はなかなかそうは見てくれない。毎朝顔を洗いながら見る自分の顔にはしみじみと年齢を感じることはないのだが、街を歩いていてウインドウに映った姿、顔を見るとき嫌というほど現実を突きつけられる。年金に介護保険料を強制差し引きされるということは、こういう事なのかとこれも強制認識させられる。
昨日、ことば座11月公演のポスターのデザインが終わったのであるが、常世の国の恋物語百は今回で26話。百までにはまだまだ先が長い。己の事をしみじみ「歳をとった」と思ってしまったら女優小林幸枝さんに約束した百の恋物語は達成できなくなってしまう。カラ元気だけでは恋物語の百は難しい。
昨日も恋物語の26話は、プロローグに方丈記から引用したものを配することを紹介したが、恋物語の冒頭に方丈記などを引用するのは如何にも作者の年齢を感じさせてしまう。源氏物語だの古今集だのを引用しているのであれば、如何にも恋物語的ではあるが、この作者・ヒロ爺はどうもへそ曲がりな感覚を持っており、暮らしの「恋に始まり恋に死暮れ」であればすべてが恋物語に纏められると信じて疑っていないのである。
『よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例なし』とは当に恋物語のそのものである。
(ヒロ爺)
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プロフィール

ヒロ爺

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ヒロ爺は、映画・演劇の脚本・演出を生業としておりましたが、日本シナリオ作家協会を退会し、何もやらない何もしない暮らしを始め、周囲の顰蹙を買っています。しかし、何もやらない何もしない暮らしは、その才能と精神力がないとできないことを知り、改めて己を天才(天災)かも知れないと思っている所謂呆け老人です。

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